難治性下痢症診断の手引き
-小児難治性下痢症診断アルゴリズムとその解説-

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疾患各論1

難治性下痢症診断アルゴリズムの解説:
アルゴリズムに含まれる疾患の解説

13刷子縁酵素欠損症

❶先天性乳糖不耐症(congenital lactose intolerance)

①概念・定義

 乳糖不耐症とは,ミルクに含まれる糖質であるラクトースをグルコースとガラクトースに分解するラクトース分解酵素(ラクターゼ)の活性が低下しているために,ラクトースを消化吸収できず,著しい下痢や体重増加不良をきたす疾患である.ラクターゼ活性低下の原因には,先天性の酵素欠損と二次性の酵素活性低下がある.ただし,哺乳類では生後一定期間ラクターゼ活性は非常に高く,授乳期を過ぎると活性が生理的に低下する.また,感染性腸炎などによる二次的なラクターゼ活性低下は原則として生理的活性レベルに回復するため,ここで述べる乳糖不耐症は新生児・乳児早期に発症する先天的なラクターゼ活性低下に基づく病態をさす.

②疫学

 先天性の乳糖不耐症は稀であり,わが国でも海外でも正確な疫学は不詳であるが,最も高頻度とされるフィンランドでも60,000出生に1人とされている.

③病態

 先天性の乳糖不耐症は,ラクターゼの構造遺伝子であるLCT遺伝子の変異によって引き起こされる.LCT遺伝子変異によってラクターゼ活性が障害された患児では,母乳やミルクに多量に含まれるラクトースを分解・吸収することができない.消化されずに大腸に流れ込んだラクトースは激しい水様下痢(浸透圧性下痢)と大腸内での腸内細菌によるラクトースの発酵のため,著しい腹部膨満や腹鳴をきたす.
 なお,LCT遺伝子の発現はMCM6遺伝子とよばれる調節遺伝子の制御を受けており,通常はこの遺伝子の働きによって離乳期を過ぎるとLCT遺伝子からのラクターゼ産生が徐々に低下し,幼児期以降には乳児期以前に比して相対的にラクトースの消化吸収能力が低下する.このことは後天性,二次性の乳糖不耐症の成因と関係している.

④症状

 乳糖不耐症では,新生児期あるいは乳児早期に,哺乳後数時間ないし数日で著しい下痢を呈することで発症する.症状の発現時期や程度は残存ラクターゼ活性の程度による.ラクターゼ活性は加齢とともにさらに低下し,少量のラクトース(を含む食品)の摂取で著しい水様下痢と腹鳴,腹部膨満を呈するようになる.時に反復性の痙性腹痛を伴う場合がある.ラクトースの摂取を中止することによって下痢や腹部症状は数時間から1日程度で治まる.

⑤診断

 新生児期ないし乳児早期に出現する上記症状があり,ラクトースの除去(無乳糖ミルクの投与)によって症状の改善が確認される場合に本症が疑われる.便の生化学的検査ではpH<5.5,便中Na<70 mEq/Lである.経口乳糖負荷試験で腹部症状を呈し,血糖値の上昇が20 mg/dL未満であり,呼気中水素ガス濃度が20 ppm以上上昇となる.先天性グルコース・ガラクトース吸収不良症を否定するために経口ブドウ糖負荷試験でグルコース吸収が正常であることを確認することが望ましい.

⑥治療と予後

 新生児・乳児期においては,母乳やレギュラーミルクの摂取を中止して無乳糖ミルクに切り替える.離乳期以降もラクトース,乳製品の摂取を禁止する.β-ガラクトシダーゼ製剤(ガランターゼ®,オリザチーム®,ミルラクト®)がラクターゼ活性を補助するが,先天性乳糖不耐症に対しては酵素活性が不十分で効果が低い.米国などで販売されているLactaid®(個人輸入が可能)は高活性で本疾患でも乳製品の摂取前に服用することで症状の発現を抑制することができる.本症はラクトース除去食や酵素製剤の併用によって日常生活への障害度は低く,生命予後は良好であるが,ラクターゼ活性が回復することは期待できない.

❷ショ糖イソ麦芽糖分解酵素欠損症(CSID)

①概念・定義

 CSIDは,二糖類であるスクロースとマルトースを腸で分解する酵素の働きが欠損したり,著しく低下しているために,スクロース,マルトース,およびでんぷんを小腸で分解して吸収することができず,砂糖やでんぷんを摂取すると激しい下痢と腹部膨満をきたす先天性疾患である.

②疫学

 CSIDの頻度はヨーロッパ系では5,000人に1人とされているが,グリーンランド,アラスカ,カナダエスキモーでは非常に高く20人に1人とみなされている.アジア系人種では白人と比べてはるかに稀であるが,正確な疫学は不詳である.

③病態

 スクロースとマルトースは,2つの単糖が結合した構造をもつ二糖類であり,スクラーゼ・イソマルターゼという小腸上皮の刷子縁(微絨毛)に発現している分解酵素の働きによって,それぞれグルコースとフルクトース,および2分子のグルコースに分解されてはじめて小腸上皮から吸収される.これらはsucrase-isomaltase(SI)遺伝子からつくられるが,その変異によってそれぞれの酵素の活性が損なわれると,スクロースやマルトースを単糖に分解することができなくなる.消化されずに大腸に流れ込んだ糖質は下痢や腹部膨満などの症状をもたらす.その構造特性から,通常,スクラーゼ活性のほうが低下しやすく,イソマルターゼ活性は比較的保たれていることが多い.SI遺伝子は染色体3q26.1に存在し,本疾患は常染色体劣性遺伝形式をとる.

④症状

 CSIDの患児はグルコース水や母乳,ミルクでは下痢をきたさず,スクロースを含むものを摂取した時点から下痢を発症する.症状の強さは摂取量によるが,著しい腹部膨満と腹鳴を伴って,大量の水様下痢を呈する.ジュースや果物の他,キャベツや白菜などの野菜類を摂取しても下痢が悪化する.スクロースとでんぷん・マルトースの摂取をやめると下痢は治まるが,診断が確定されないまま摂取を続けると重篤な脱水や体重増加不良の原因となる.スクロースは少量でも強い症状をきたすのに対して,でんぷん・マルトースでは下痢・腹部膨満の程度が比較的軽い傾向がある.

⑤診断

 発症の時期ときっかけ,悪化と改善に関係する食事内容などについて注意深い問診を行うことで本症を積極的に疑うことができる.CSIDでみられる下痢は糖質の消化不良による浸透圧性下痢であり,塩類の喪失を伴わず,大腸内での糖質の発酵過多のため便pHが低くなる(pH<5.5).乳児期の慢性,非感染性下痢の原因として,乳糖不耐症,食物アレルギー(乳,大豆など)との鑑別が必要である.特異的診断法としては,経口糖質負荷での血糖値測定と呼気中H2ガス測定試験がある.経口的にグルコース,フルクトース,ラクトース,マルトース,およびスクロースを負荷し,経時的に採取した呼気中のH2ガス濃度を測定し,基礎値から20 ppm以上の濃度上昇が認められればその糖質の吸収障害があると判定される.小腸粘膜生検での酵素活性測定も有用であるが容易でない.米国では,2012年より有償での遺伝子検査が可能となっている(University of Washington Molecular Development Laboratory)が,現在は米国内のみが対象となっている.

⑥治療と予後

 治療は,診断が疑われた時点でスクロースの摂取を中止することである.スクロースはキャベツや白菜などの野菜類にも多く含まれているため,これらの摂取も中止する.ラクトースの消化吸収は正常であるため,母乳やミルクは継続し,食事やおやつにはグルコースを使用する.でんぷんは一度に多量でなければひどい下痢にならないことが多い.欧米ではスクラーゼ製剤であるSucraid®が医薬品として処方され,食事前と食事中に規定量を内服することでスクロースを摂取しても下痢を防ぐことができるが,わが国では入手不可能である.多くの患児では加齢とともに症状は軽くなることが知られているが,量的負荷が大きいと症状は免れない.