難治性下痢症診断の手引き
-小児難治性下痢症診断アルゴリズムとその解説-

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疾患各論1

難治性下痢症診断アルゴリズムの解説:
アルゴリズムに含まれる疾患の解説

消化管ホルモン産生腫瘍

❶VIP産生腫瘍

 典型例では難治性水様性下痢,低カリウム血症,および胃無酸症を呈するWDHA(watery-diarrhea-hypokalemia-achlohydria)症候群を呈する.VIPは胃,腸,膵臓,全身自律神経系に広く分泌する神経伝達物質ペプチドホルモンで,本症ではVIPの血管拡張,胃液分泌抑制,胆汁・膵液・腸液分泌亢進作用が亢進し,大量の水分,電解質が十二指腸,小腸上部に分泌され,水分吸収不全状態が生じ,下痢を引き起こす.また,大腸では水分とNaClの一部を吸収するが,同時にカリウムと重炭酸イオンが分泌され,これが水様性便とともに排泄され,低カリウム血症と代謝性アシドーシスが惹起される.さらに,腸管運動を抑制する傾向を認めるため,麻痺性イレウスを呈する場合もある.成人の本症は大部分が膵内分泌腫瘍で,その他に褐色細胞腫や肺癌が原因となりうるが,小児では神経芽腫,神経節腫,神経節芽腫といった神経芽腫群腫瘍がおもな原因疾患となる.
 本症の下痢の特徴として,蛋白漏出がない,腸管運動亢進がないので腹痛を伴わない,24時間の絶食の後にも下痢が続く,便浸透圧の低下,便中ナトリウム,カリウムの上昇を認めることなどがある.
 本症の診断は上記の下痢が持続する場合,本症を疑い,血中VIP濃度測定を行う.その他に尿中VMA(vanillylmandelic acid)値,尿中HVA(homovanillic acid)値,血清NSE(neuron-specificenolase)値といった神経芽腫群腫瘍の腫瘍マーカーも必要であるが,小児例は高分化型腫瘍が多く,腫瘍マーカーが正常であることもある.その他に成人の膵内分泌腫瘍による本症では半数以上の症例で高カルシウム血症が認められ,重要な所見とされているが,小児神経芽腫群症例では,その頻度は低いとされている.上記による存在診断の後,超音波検査,CTスキャン,血管造影などの画像検査により部位診断を行う.
 治療は外科的切除が原則で,術前に下痢に伴う脱水,電解質,アシドーシスの是正と経静脈的な栄養状態改善を行う.腫瘍が摘出できない症例の治療として副腎皮質ステロイドホルモンやソマトスタチンアナログ製剤の投与が考慮される.ソマトスタチンアナログについては成人の膵内分泌腫瘍でVIPの分泌抑制,下痢の改善に有効とされるが,小児の報告は少なく,効果は一過性であったとの報告もある.本症の予後は腫瘍の悪性度による.
 なお,小児において本症ならびにその原因となる神経芽腫,神経節腫,神経節芽腫瘍は小児慢性特定疾病に登録されている.

❷Zollinger-Ellison症候群

 ガストリン産生腫瘍は膵,十二指腸に好発し,難治性潰瘍,胃酸過分泌,膵非β細胞腫瘍を三主徴とするものをZollinger-Ellison症候群とよぶ.約25%に多発性内分泌腺腫症(multiple endocrine neoplasia type 1:MEN1)の合併を認める.MEN1は膵内分泌腫瘍の他,下垂体腺腫,副甲状腺腫など多くの内分泌臓器に腺腫や過形成を生じる常染色体優性遺伝性疾患である.
 本症は過剰分泌されるガストリンにより胃底腺壁細胞の過形成と機能亢進が起こり,胃酸分泌亢進状態が持続する.上腹部痛,吐血・下血,嘔吐,胸やけ,体重減少などの消化性潰瘍に伴う症状の他に,下痢も本症に認められる症状の一つである.過剰な胃酸による小腸粘膜の炎症と,小腸内pHの低下による膵酵素の不活性化や胆汁酸の沈澱により脂肪性下痢の原因となる.
 本症の診断は上記の症状と,血中ガストリン値測定や胃液検査による.ただし,胃酸分泌抑制薬内服下ではガストリンが高値となるため注意が必要である.部位診断は腹部超音波,CT,MRIなどの画像検査により行われるが,ガストリノーマの多くは微小かつ多発性であるため,正確な局在診断が困難であることが多い.経皮経肝門脈採取法や選択的動脈内カルシウム注入試験などの部位別血中ホルモン測定検査により小さな腫瘍の局在診断が可能であるが,乳幼児における施行例の報告はない.
 本症の治療は悪性の頻度が高いため,腫瘍の完全切除が最終目標となる.また,H2拮抗薬が登場する以前は胃酸分泌のコントロール目的で胃全摘術が行われたこともあったが,現在はより強力な胃酸分泌抑制作用をもつプロトンポンプ阻害薬により胃酸分泌過多のコントルールが可能である.予後は腫瘍の病理学的悪性度とその広がりによる.
 なお,本症はガストリノーマとして小児慢性特定疾病に登録されている.

❸カルチノイド腫瘍

 消化管内分泌腫瘍の一つで,セロトニンなどの神経内分泌物質の過剰分泌により皮膚紅潮,気管支喘息様症状,ペラグラ様皮疹,下痢,吸収不良,腹痛などが出現する症候群をカルチノイド症候群とよぶ.セロトニンの他にブラジキニン,カリクレイン,カテコールアミン,プロスタグランジン,ヒスタミンなども関与するとされる.下痢,腹痛,吸収不良にはセロトニン,プロスタグランジンなどが関与しているといわれている.
 成人では約60~70%が消化管に発生し,わが国の報告では直腸,十二指腸,胃,虫垂の順に多い.消化管以外には肺・気管支,胸腺・縦隔,膵に発生する.小児では虫垂,肺・気管支発生の報告が多い.
 本症は粘膜深層から発生し,増殖とともに発育の主座は粘膜下層に移るため,粘膜下腫瘍様の形態を示し,消化管内視鏡,消化管造影,CT,MRI,超音波,胸部X線,気管支鏡などの画像検査で発見されることもあるが,小児で多い虫垂発生例は急性虫垂炎として手術され,病理組織学的に本症と診断されている.生化学検査は尿中5-HIAA(5-ヒドロキシインドール酢酸)排泄量,血中セロトニン(5-HT)濃度の他に副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone:ACTH),カルシトニン,グルカゴン,ソマトスタチンの測定が行われる.病理組織学的には小型の円形の核,好酸球の微細顆粒を有し,中腸由来の小腸,虫垂,上行・横行結腸からの発生ではクロム親和性反応,好銀反応とも陽性で,セロトニンを産生し,後腸由来の下行結腸,直腸からの発生では両者とも陰性となることが多いとされている.その他にセロトニン,ソマトスタチン,ガストリン,カルシトニン,膵ポリペプチド,ACTH,NSEなどの免疫組織化学検査が補助診断として用いられている.
 治療は外科的腫瘍切除が第一選択となるが,進行例や肝転移例に対しては化学療法や選択的肝動脈塞栓術なども考慮される.また,神経内分泌物質による症状については,下痢に抗セロトニン薬,止痢薬,皮膚紅潮に抗ヒスタミン薬,喘息に対するステロイドなどが使用される.予後は診断時の進展度による.
 なお,カルチノイド症候群は小児慢性特定疾病に登録されている.

参考文献

・Murase N, Uchida H, Tainaka T, et. al.: Laparoscopic-assisted pancreaticoduodenectomy in a child with gastrinoma. Pediatr Int 2015; 57: 1196-1198.